分子栄養学とビタミンC


今回は昔は認知症とかヒザ痛の人はいなかったNO3の予定でしたが、
NO3は来月に変更します。分子栄養学の考え方はガン予防とか動脈硬化予防においては最適な考え方だと思います。
これは主にアメリカで研究された学問で、主に活性酸素の毒から身を守るにはどうすれば良いかと言うのと、病気は正常な細胞が非正常な細胞に変化したのが病気と言うのです。従がって正常な細胞に戻すにはどうすれば良いか、

又は活性酸素の原子とか電子の配列はどのようになっているか、活性酸素の種類は何種類あるか、緩やかな老化はどうすべきか、病気になればどのような栄養素を摂取すればよいかと考える学問で別名栄養療法とも呼ばれています。

活性酸素について、生物は酸素によって生かされ、ある意味酸素によって死亡されるというので西洋医学では活性酸素こそが全ての病気の原因という説があるのです。

酸素が猛毒の例として、普通の空気ではネズミは1000日生きるそうで、それを酸素100%の部屋で飼育すると1週間で死亡するそうです。この原因は酸素の2%から3%は活性酸素に変わりこの活性酸素は猛毒で体内に多大な悪影響をあたえるのです。

普通の空気は酸素は25%でネズミも防御力を持っていますが、酸素100%だと4倍ですから自身の持っている防御力をはるかに上回て守り切れなかったと思います。

この様な実験を含め生物の寿命は呼吸の回数で決まるという説が出て来たのです。人間でも男性は女性と比較して短命なのは力仕事が男性が多いつまり呼吸数が多い、

昔の人は寿命が短いのはほとんど手作業で呼吸回数が多いのです。今でも相撲界の人は短命です。その反対が呼吸回数が少ないお寺のお坊さんで昔から長寿の代名詞として使われています。

そこでこの活性酸素の毒から身を守るためにはどうすれば良いかと言う事ですがSOD、グルタチオン、カタラーゼなどの酵素出て来て 活性酸素の毒を消してくれますから、そんなに心配しなくても良いのですが30歳過ぎた頃からはSODなどの防御の酵素が少なくなって来ますから、

そこで抗酸化物質であるビタミンA、C、E、俗にエースと言われるビタミンとプロティンスコアの高いタンパク質を大量に摂取して活性酸素の毒から身を守ると言うのがこの学問の結論です。

そこでどれ位摂取すればよいかと言うと1日にビタミンAは30㎎ここのビタミンAは体内でビタミンAに変わるカロチンのことを言いいニンジンでは5本ぶん位です。ビタミンCは3,000㎎とても食品では摂取出来ません。厚生省は50㎎から100mgこれは歯から出血しない程度だそうです。
次にビタミンEですが700㎎でこれも食品では摂取出来ません。厚生省は男性8㎎女性7mgです。次にプロテインですが人体の4分の1はプロテインつまりタンパク質で出来て

いるので重要物質です。これはスポーツをやる人は常識的に知っていると思いますが、アメリカではスポーツジムの周りのコンビニとか食品店とかに置いてあってスボーツする人は食べる事が常識なっているのです。

プロテインの1日の摂取量は自分の体重の1,000分の1、50Kgの人は50gこの量はプロテインスコアが高いので一般の食品はそんなに高くないのでここまでは食べれないのです。
たとえば大豆、プロテインスコアが低いのをこれを原料とした豆腐だと2Kg、食べ切れないと思います。
一番高いのは玉子でそれでも1日7個でたんぱく質は取れるかも知れませんが、体内でコレステロールがたまってきます。

このように今の成分栄養学のある意味での反対を論じている学問でアメリカではガンが減っているのはこのような事を人々がやっているのではないかと思います。

もしガンを心配するのであればプロテインとビタミンA、C、E、の栄養補助食品を買ってきて毎日摂取するといいのですが、月に3~4万円位かかります。

それでは予算オーバと思われる方は、ビタミンCを1日3,000㎎目安に摂取すると、かかとに角質(これは水虫で)のある人は3ヶ月ほどでキレイになります。つまり表面がキレイになれば内面もキレイになったと考えガンになりにくいと考えます。

又細胞が硬化すると病気になりやすい、例えば肝硬変とか動脈硬化、肺でも悪くなった人は肺壁は硬化していると聞いています。この硬化を防いでしなやかさを保つには大量のビタミンCが必要です。

なお活性酸素全部が悪い事するのではなく外敵が侵入した時、防御の一つとして体内で作りだして撃退する時もあるのです。

最初にこの学問を確立したのは1963年アメリカにおいて世界で最初に栄養で精神分裂病を治したホッファ博士とオズモンド博士で大量のナイアシンを精神分裂患者に毎日与えその結果良くなったと言うのが最初の話です。この場合はアメリカのFDA(日本で言う厚生省)の基準の200倍からl200倍位の量を摂取したのです。

このやり方は英語名でカスケード理論 日本語だと滝のように栄養補助食品を毎日大量摂取すると言うやり方で、

病気を治していくやり方です。この学問の第一人者は日本では故三石巌先生でこの学問の名付け親で、これ以上深く知りたい方は先生の本を読む事をお勧めします。

         ビタミンC
ガン予防,白内障予防、水虫予防、歯周病予防、骨に入るとしなやかで折れにくなる骨、血管そのものに入るとしなやかで破れにくなる血管など40位の予防があるらしいのです。
ビタミンCは人体では作れず野菜とか果物からの摂取ですが頑張っても一日に100mgほどしか摂取出来ません。
普通に食事した場合、体内では1500mgのストックがあり理想は体内で最大限にストックできる4000mgで、なおヘビースモーカーは800mgだそうです。

今は昔と違って野菜そのものに含まれるビタミンCの含有量が少なくなって来ている。さらに遠方から運ばれればさらにビタミンCの含有量が少なくなるし、

それをカット野菜として販売した場合空気に触れるとビタミンCは減少してしまい、悲しい位ビタミンCがなくなるらしいのです。

しかも加熱する料理はビタミンCは熱に弱いので50%近くなくなるそうで、全体を考えた場合昔に比べてビタミンCの摂取ははるかに少ないと思います。

今度は人体においてのビタミンCの必要性は現代社会の方がはるかに増えているのです。大きな理由としてストレスがあります。ストレスとビタミンCの話ですがネズミに

嫌がる事、例えば縛り付けるとか逆さまにしてつるしてストレスをかけると、通常の10倍のビタミンCを体内で作りだすそうで、

人間はビタミンCは作る事が出来ませんから普段から多めに摂取するしかないのです。ビタミンCとストレスの話はこのネズミの話から出てきたのです。

話は少しそれますが女性の方が副腎が大きいのです。副腎はビタミンCの貯蔵臓器でここの部分が女性の方が大きいので女性の長生きはここが原因という説があるのです。

あとはクスリとか添加物などの毒性を体外に追い出すに必要、この事も昔は少なかったと思います。従って何にも考えていない人は体内にはビタミンCが不足していると考えた方が自然です。
厚生労働省の一日の摂取量は確か昔は50mgで今は100mg位の摂取と言っていますが、普通の食事ではそれでも難しいと思います
ビタミンCは厚生労働省は一日2000mg までの摂取は大丈夫だと言っていますがしかし実際は100倍近い200,000mgまで大丈夫だそうです。

ビタミンCでノ-ベル賞を受賞した故ポ-リング先生は毎日20000mg摂取していたそうです。なお腎臓が悪い人は1000mg 位までだそうです、

何年か前あるテレビの健康番組でお医者さん8人くらいの人に、ビタミンCは一日どれだけ摂取するといいですかと3択で質問した時の答えが全員が一番多い1000mgでした。この事は普段から点滴などで使用しているので必要量とか必要性を認識しているのでその様な答えになったと思われます。

この様に大量摂取する場合はサブリメントを利用しなければ不可能なのですが、サブリメントを選ぶ時天然型か合成型と2種類いありますが、ビタミンCだけで言うとどちらも効果,効用は変わらないそうで、ただ天然型はビタミンCだけ抽しつ出来ませんから、他の栄養素も入って良いのですが、価格が3倍位するので予算で決めればよいと考えます。

生命力の弱さがピンピンコロリ出来ない原因【医食同源】NO2

1回目のお話は昭和40年頃まではスイカを食べていたので認知症の人がいなったのでは、ないかと言うお話でした。

今回は何故スイカなのかと言う、お話は東洋医学では、スイカは腎臓にとって最も良い食べ物なので、当時の人は腎臓のクスリだと言ってよく食べたものなのです。    

 

東洋医学では腎臓の強弱が生命の強弱と寿命の強弱を決めると言う事になっているのです。特にこの一説が重要でここを1番記憶に留めて欲しい一文でこれを考えた先人の知恵にはすごいなと驚嘆します。

 

昔の日本社会はここを大切にして実践していたのです。
    ここで腎臓について少しお話をしますと、 
東洋医学にとって腎臓は重要な臓器ですから良いこと悪いことを言いますと、 
1つ目ははよく休養することです。寝ている間は腎臓には確か1,3倍の血液が流れて回復機能を果たすのです。それで朝起きると元気なのは腎臓機能が回復した証です。

2つ目は腎臓にとってあまり激しい運動とか徹夜とか極端な疲れはよくありません。ただし運動は良い事ですから適度に行ってください。

3つ目が特に重要です。私の考えでは、女性にヒザ痛、認知症が多いのはここの理由ではないかと思われます。それは東洋医学でいう腎臓は陰の陰なので冷えに非常に弱い臓器で女性は陰性体質それに年配者程、陰性が強いので腎臓機能が低下してそう言う病気になりやすいのではないかと思われます。

次に大切な話はこの話は正常な腎臓の人の話で腎臓がかなり悪くなっている人はこの話で腎臓を良くしようと無理かもしれません。           

例えば東洋医学では塩は正常な腎臓にはよいものですけど悪くなった腎臓は塩分制限が大切なのです。
腎臓の悪い人はタンバク質とかカリウム制限などあってこのやり方無理ではないかと思われ、腎臓の悪い人はお医者に相談することをお勧めします。

腎臓機能が低下すると、認知症、ひざ痛の他熱中症、骨折予防、冷え性、便秘、頻尿、などの病気になりやすく、腎臓と病気の関係についてのお話は 

理論には骨折が1番分かりやすいのではないかと考えます。今の骨折の原因説はとにかくカルシュウム不足の1点ですが、骨折は減少したと言う話は聞こえてこないし骨折の少ない昭和40年当時と比較してカルシュウム摂取量が多分今のほうが多いと思われます。

何故今の方が骨折するかというと骨を作るのにはカルシュウムプラス活性型ビタミンDが必要だからです、この活性型ビタミンDと言うのは腎臓で活性化し、また骨を調節するホルモンの活性化は腎臓機能は重要な役割を果たすので、今はそのような機能が落ちているので骨折すると考えます。

ある健康番組を見ていたら腎臓が弱いと筋肉が落ちて筋力が低下して転倒するという番組で、的を得てると思って見ていました。これと同じような話で、フイリピンにおいて臓器売買で片方の腎臓のない人の話では筋肉に力がはいて来ないと聞いています、

筋肉と腎臓の相関関係は分かりませんが、小さな子供の時からスイカを食べさせる事によって食べる体のトレーニングと考えて前回書いた、稲尾、金田、権藤、のようなス-パ-人間になれるかもしれませんので食べさせて欲しいと思います。

次に熱中症ですがこの事は生命力が弱くなった事が原因と思われます。昭和40年以前の社会の人はどれ位生命力が強いかと言う例として当時の中学生、高校生で熱中症で倒れたという話は聞いたことがないし、

運動している間は水を飲むのが禁止の時代でした.又外出する時は熱射病に気を付けてと言って送り出したのです。( 熱中症は当時は熱射病でした。) 従って家の中は安全で熱中症で倒れる人はいなかったのです。

しかも当時は扇風機や冷房のない時代でうちわしかない時もあったのです。この事も考えて熱中症予防に子供さんのいる家庭は夏はアイスを止めてスイカを食べる事にすると考えた方が良いと思います。

冷え症も同じような原因で昭和30年頃までは足元は下駄で日常生活をしていたのです。そこで冬の寒い日でも日常は素足で生活しており外出の時でも勿論素足で下駄履きで、ただしどこかに装って行く時は足袋を履いて外出したのです。

ヌ当時の老人は腰は曲がっていても歩くスピードも早く動作も素早い行動で、今はそういう素早い行動の人は少なくゆっくり歩く人が増えて弱い生命力だと思います。

死に方でも当時はピンピンコロリでつまり朝起こしに行ったら死んでいたとか、夕方食事をして横になっていたら死んでいたとか昔は寿命と死は大体同じだったのです。 

今は健康寿命と死ぬまでの寿命は約l0年あると聞いています。しかも当時は今よりも貧しい食生活で今の栄養学の視点で捉えると栄養失調と言われるのではないかと思われます。
    次回は腎臓と認知症とかヒザ痛の関係のお話。

【医食同源】NO1 昭和50年までの社会の様子。

 
このシリーズは月に一度で5回に分けて書く予定です。

このような話は読まれている多くの人は多分初めてだと思います。しかし過去の日本社会において実践した歴史があるので、それを思い出して実行して欲しいと思います。

若い人はじいちゃん、ばあちゃんに聞いて本当にあった話なのか確認して実行して欲しいと思います。そうすると認知症、ひざ痛の他熱中症、骨折予防、冷え性、便秘、頻尿、健康な人はより健康になり、小さな子供の時から食べていると大人になった時ス-パ-マンなれるのではなになれるのではないかと考えます。

 

このス-パ-マンと言うのは昔の野球の投手例えば金田、権藤、稲尾などは今の投手の2倍3倍位投げているのに肩、ヒジなどの故障がなく30勝40勝あげているのです。

特に稲尾投手などは日本シリーズで4試合連続完投で勝利し当時は神様、仏様、稲尾様、と言う言葉が流行したのです。この事は今の時代から考えると、ス-パ-人間ではないかと考えます。

日本社会は昭和50年頃までヒザ痛、認知症の人は、いなかったのです。
何故いなかっと言い切れるかと言うと、まずヒザ痛ですが、その理由として昭和50年頃までの葬式は今のように葬儀場は少なく、多くはお寺とか集会場に葬式を行った時で、

当時は畳の上に座布団を置いて僧侶がお経を読み上げる時は、ほぼ全員が正座して葬儀を行ったのです。

ほぼ全員が正座が出来たと言うのはヒザが痛いと言う人は誰もいないと言う事です。なおヒザが痛いと正座は出来ません。当時の人は今の人の2倍3倍歩いていますから軟骨も2倍3倍擦り減っていると予想されるのに誰もそのような人はいないのです。

 

なお小さなイスがお寺に普及したのは平成に入ってからで、ここを調べるといつ頃からヒザが痛いと言う人が増えたか分かると思います。平成25年頃からでもホテルとか旅館の宴会の席でイスが使われヒザが痛い人がだんだ増えています。

 

次に認知症ですがこの言葉は最近使われた言葉で、最初使われたのは昭和50年中頃にアルツハイマーと言う病名だったのです。日本語名の病名でないと言うのはそれまでそう言う人がいないので世界から探して名前を付けたと思われます。

次に痴呆症になって今は認知症です。2012年統計で65才以上は2300万人の人がいて認知症患者は460万人いるそうです。

昭和40年の高齢者の人口70才以上は380万人いますから同じような比率で考えた場合80万人の認知症の人がいても不思議ではないのです。当時それだけの人数の認知症がいれば社会問題になっているし病気の名前も日本語名になっても不思議ではありません。つまり社会問題になるような人数がいなかったと言うのが妥当な考え方です。

早ければ30代40代になる若年性認知症と言う言葉は平成10年頃の言葉でそれまでそのような人はいなかったと思います。先日(平成28年12月)あるテレビでそのような人は5万人いると言っていました。 

では何故現代はこのよう認知症とかヒザ痛が多い社会になった原因は昭和40年頃から冷蔵庫の普及によりスイカを食べなくなったのが原因の1つで、もう1つは健康の考えが東洋医学の考え方から西洋医学の成分栄養学に変わったのでこのような結果になったのです。
そこで昭和30年40年当時どれ位スイカを食べていたか八百屋さんに色々聞いてみると、1日に100個位売れていたそうです。当時は街にはスーパーがなく街の中のいたるところに八百屋さんがある時代でした。

そこで八百屋さんの件数など調べて人口1万人に対して毎日千個のスイカが売れていたという計算になり、年間で1人当たりM玉で約10個程度食べていたと考えられ、

当時を知っている人は大体その通りだと言っています。当時は冷蔵庫がありませんから体を冷やすのはスイ力が1番よくて井戸などに入れてよく食べたのです。

もうひとつ時代背景が違うのは当時は今と違って農業で生計を立てている人が多くいて自分でスイカを作るのです。その農家のある人の話では当時はカラスもタヌキもいないので食べ切れない位次から次と出来たのでもっと食べたという話もあるのです。

 

認知症も将来薬で治る時代が来るかも知れませんが、いつそのような薬が完成するか分からないのが困るのです。それであれば昭和30年40年当時までの生活スタイルを取り入れれば認知症とかヒザ痛の人もいない社会になると思いますので是非実行して下さい。

次回は何故スイカなのかの理由を書く予定です。